2008 年
9 月
25 日
また、ひとり「千の風になって」
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残暑とのお別れかと思わせる冷たい風が吹き始めた夜、生協の活動を共にしてきた知人の訃報が届いた。
同い年のIさんは、約10年前、喘息で入院中感染症による神経系統の麻痺で車椅子生活となっていた。その事実を知ったのは、私が、8年前、初めて都議選に挑戦することを決めた時だった。「Iさんが、あなたの選択にとても喜んでいるので電話をかけてあげて」という、もうひとりの仲間からの電話がきっかけだった。
彼女は、電話口の向こうで「よく決心なさったわね。その勇気に私も元気が出て、頑張れるような気がする。ぜひ頑張ってほしい。できる限りの応援をさせていただきたい」という。元気だったころと変わらぬ明るい、懐かしい声。大事にチャレンジし、揺れ動きそうになる私にかけがえない応援のメッセージとなって心に響いた。2度の都議選では、ほんとうに熱心にボランティアとして力を尽くしてくださり、当選を自分のことのように喜んでくださった。
料理の先生として活躍しながら、食の安全には人一倍関心が高かった。人と争うこともいとわず、自分の考えはしっかりと発言する芯の強い女性であり、相手の良さを引き出す「ほめ上手」な人だった。 車椅子から、室内を杖で歩くことに挑戦し、やがて、3輪車で外出するまでリハビリに励んだ。その一方で、次々に起こる病魔に臆することなく挑戦し、克服していった。生協の活動にも参加していたし、お孫さんと公園で遊ぶ姿もよく見かけた、と近隣の人たちは言う。厳しい現実を受け止めながらも、前向きに生きることを忘れず、微塵も辛さを感じさせなかった。病が、彼女を一回りも二回りも大きくしたように感じた。「神は耐えることのできないような試練に合わせることはしない。むしろ、耐えることができるように試練と共に脱出の道も備えてくだる」という聖書の言葉を思い出させた。
ときおり、活動報告を兼ねて訪ねると、いつも温かい言葉をかけてくれて、こちらがエネルギーをもらうばかりであった。いろいろなことがある度に、彼女のような存在が大きな支えとなって、ここまで歩いてこられたような気がする。
祭壇には最も彼女らしい写真が飾られていた。在りし日の彼女は、今、私に何を語りかけているのだろうか。
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